花の色

スイス留学中の女子大生

帰国前夜

あっという間だった。もう留学が終わる。

ETHZでは、日本の学部4年や修士での研究とは違った分野のことをしていた。関連分野のReviewを読みまくるところから始まり、スーパーバイザーに言われるがままに手を動かした。全部が全部初めて使うソフトばかりで、公式のDocumentを読みながら乗り越えた。今は論文が形になるようただ祈って待っている。

思っていた以上に捗った。理由をいろいろと考えてみたい。

研究室のメンバーが優秀

ポスドクまたは博士課程の学生が日常的に軌道修正をしてくれる。ゼミでのコメントが建設的で、次にすべきことが自ずと見つかる。

時間にゆとりがある

バイトをしなくて良い。これが一番大きかった。日本にいた時は親からもらうお金で友達と遊んだり、服や化粧品を買ったり、というのに抵抗があり、ずっと忙しくバイトをしては物欲に消費していた。高校生ぶりのバイトなしの暮らしは最高だった。健康で文化的な生活を送ることができた。

友達に恵まれていた

チューリッヒ留学中の日本人学生での集まりがとても居心地がよかった。寮生活で家が違い分、行き来のハードルが低く、しょっちゅうホームパーティやBBQをした。チューリッヒにいる日本人大学生はいわゆる遊学という人は皆無で、しっかりと目的意識をもっている人ばかりだった。もう全部やめて日本帰りたいな、って弱気になった時でも、集まるのは楽しかったし、ここで挫けたらかっこ悪いから頑張らなきゃ!と思わせてくれた。日本にいる時よりも濃い人間関係があった。

軸がぶれにくくなった

留学で一番良かったことは、私は研究するのが好きだと気づけたこと。

プロジェクトが進めば進むほど、楽しくてしょうがなかった。自分の頭で考えた結果が教授に認められる。自分の知識が付くほど、周りのメンバーの研究内容がわかるようになる。実りのある議論ができるようになる。誰かの論文がアクセプトされたり、教授が表彰されたり、メンバーの成功をみんなで祝福するのが良い刺激だった。研究室に通うのが楽しかった。修士進学かつ修了年限を伸ばして、同級生がどんどん先に社会人になることも気にならなくなった。就活の役に立つかとか、コスパの良い生き方とかを考えなくなっていた。ただ目の前の研究が面白くて熱中した。

日本にいた時はいつも、ほんとうのしあわせについて考えすぎてしんどくなっていた。過去の選択に後悔し、その後悔が現在下すべき判断を鈍らせ、またその後悔を引きずる。でもネガティブな人間は嫌われると思っていたから明るく振舞おうとしていた。私は何もかもが中途半端だった。好きで熱中していたら役に立つかどうかなんてどうでもよくなるはず。燃え尽きていたわたしは、報酬を期待しない努力ができなくなっていた。

大学の友達が、こんなことを言っていた。「水族館のイルカショーを観ていた時、飼育員さんが羨ましいと思った。イルカが好きで、イルカと関わる仕事にしたいと思って、実現している。すごくシンプルで幸せ。ここまで勉強を頑張った分の元が取りたくて学歴に見合った就活をした。私は勉強が好きだったわけじゃない。好きなことを仕事にしたかったけど、レールを外れるのは怖かった。」これを聞いた時、ものすごく共感した。今思うと本当に贅沢な悩みだ。

めっちゃ稼げるけど激務、激務薄給だけど世間体が良い、出張・転勤しまくりだけどやりがいがある、出産育児の手当てが厚いけど薄給。いろんな仕事があって、自分の人生設計との兼ね合いと、価値観と、いろいろ勘案するとどうしていいかわからなくなる。自分の軸がやっと定まったので、もう心が揺れることは少なくなると思います。留学を通じて私は、この分野の延長で研究職に就きたいと思うようになりました。

 

やっぱ研究者は夢がある

ずっと理科が好きだった。なんの迷いもなく理系を選択し、東工大に進学した。面白い大学だったし、色んな人との出会いが財産になった。

高校生くらいまでは、研究者ってめっちゃ夢がある仕事だと思っていた。でも研究室配属されてから、なんかちょっと違うなあって。今にして思うと、学部4年や修士で大発見なんて普通できるはずもないんだけど。IntroductionとDiscussionだけは大げさなのにResultがしょぼい、みたいな。先生の政治力みたいなものも垣間見たし、事務書類が研究者の仕事の多くを占めている現状も知った。博士は就職難民になりがちで、修士卒が安牌。同級生は、アカデミアより実務の方が絶対楽しいと言って就職していく。修士進学率9割を誇る理系単科大でも現実はこんなものなのか、と思ってしまった。

ずっと留学はしてみたいと思っていて、学部4年でその気持ちがさらに強くなった。外国ならば、思い描いていた研究者がいるはずだと期待していたんだと思う。

結論、留学には来てよかった。純粋に、研究って楽しいなと思った。

  1. 研究室は自習室ではない。研究はひとりでするものではない。わからない時は質問すべきだし、面白いと思ったら伝えるべきだし、どうしてもつらい時は相談できる。
  2. 研究室とは異質空間で、まれに魔物が住んでいる。細かな説明は省くが、理系院生なら察しがつくだろう(※「研究室 ブラック」「助教 嫌い」などでググってみよう)。研究しかしてこなかった人は、他の人生の楽しみ方を犠牲にし続けてきた人である。相手を不快にさせる言い方しかできない悲しい生き物。人間と意思疎通のできない孤独なモンスター。研究室の地縛霊、早く成仏できるといいね、と優しい気持ちをもとう。どこの研究室にも何かしらいる。
  3. ゼミは自分の頭の良さをひけらかす場所ではない。自分がしていること、分からないこと、興味があることを紹介する場である。何々に詳しいのは誰々、という情報の共有は、プロジェクトの進行に役に立つことが多い。分からないことを明確にすると、良いアドバイスがもらいやすい。わかんないですで何もやらないより、ぐちゃぐちゃでも良いから何かを見せれば、それをたたき台に建設的な意見がもらえる。
  4. 研究は自己満足である。すぐに世のため人のためになるとは言えない。でもどんな論文でも、Referenceに多岐にわたる分野・国・年代の文献を引いている。わたしが書き進めている創薬AIの論文では、1944年のロシアの土壌微生物の論文や、1982年のアメリカの理論化学の論文も引用している。偉大な先人たちの功績が、2018年を生きる日本人の修士学生に引用されるなんて想像もつかなかっただろうと思う。論文は、publishされれば自分の成果は半永久的に人類史に記録される。もしかしたら将来、全く想像もつかない何かに応用されるかもしれない。そこになぜだかわたしはときめいた。

夢がない仕事は多分ないし、夢が見出せないなら天職ではないからやめた方が良い。

学問は、頭を良く見せるアクセサリーではない。

この1年、全く新しいテーマに取り組んで、たくさん読んでたくさん助けてもらって、あっという間の楽しい1年だった。

もっと早くに会いたかったなあ

やっと。長い長い長い冬が終わりました。

本当にしんどかった。あまりにもいつまでも夜。凍えるほど寒いトラムの待ち時間。冬。

でもね、終わりました!

季節は一気に変わるもので、数週間前までコート着てたのに、今週はみんな半袖Tシャツで過ごしています。カラッと乾いているのに暖かい。とても過ごしやすいです。

お日様の光を無駄遣いしている気がして、ずっと室内で研究してるのもなあ…って気持ちになります。少なくとも10時17時は頑張っていますが。19時すぎてもまだまだ明るいのは嬉しい。

ついこないだ始まったばかり、というのは大げさだけど、留学ももう3か月ほどしか残っていないと思うと、月日が経つのは本当にあっという間で。月並みな感想しか出てこないけれど、価値のある時間を過ごせていると自信をもって言えます。応援してくれている家族には頭が上がらないです。少しは成長できたかな。でも留学に来て本当に良かったなー。自分の中の物差しが増えました。狭い世界で生きてたなあって、新しい場所に来るたびに思います。はー、今のところ本当に充実した人生だ。辛い事もなくはなかったけど全部スパイス。結局とても幸せ者なので、これからはもらったものを少しずつ返していきたいな。

最近はまっているのは、◯◯ got talent系の番組鑑賞。オーディション番組なんですが、誰かの夢が叶う一歩を見届けるのは、とても元気をもらえます。スーザン・ボイルが一番有名なのかな。レ・ミゼラブルのI dreamed a dream(夢やぶれて)を歌い上げて夢をつかんだ可愛いイギリス人のおばさん。

最高な出会いがあった時って、もっと早くに会いたかったなあって思ってしまう。欲張り。好きな音楽、好きな本、好きな人とか。まあ無理な話なんだけど。でも、あの日あの時あの場所でなければこんな気持ちになっていなかったかもしれないし、出会えただけでありがとうなんだけど。でももっと早く出会って、君が出来ていく過程を見たかった。自分の中にその言葉がある日々をもっと長く過ごしたかった。そう思うことの方が多いから、いつまでも冒険心をずっと大事にしていきたいなあって思います。そんな4月の日曜日でした!

最近どうしてる?

長すぎる暇は毒です。1日中誰とも会う予定がない休日最高って思ってたはずなんだけど、24時間まるまるはちょっと長い。

男友達に数ヶ月ぶりに連絡した。最近どうしてるの?って来て、今日は暇してるって返したら、それはわかるよ笑。って。

ちょっと嬉しかった。謎すぎる。

その人は外面はめっちゃ良いのに陰口はしっかり叩くし、他人とバカに厳しいし、ほどよく真面目で、面白い。私の数少ない男友達。一緒に飲むお酒が美味しいから会う日は楽しみ。ずっと友達でいられたらいいなって思う。付き合ったら喧嘩したり嫌われたりするかもしれない。だったら好かれもせず嫌われもせずずっとこの距離でいたい。他の人には、わたしが彼女いる男に片思いしてるように映るのかもなって思うけど、負け惜しみのつもりはなく、本当にずっと友達でいたいと思っている。

大学時代のことを思い出す時は、一生忘れられないだろうなっていう人がいる。入学してすぐに話すようになって、グループで何度も遊びに行って、なんとなく二人で歩く時はいつも緊張していた。留学に行く直前にご飯に誘われた。二人きりで約束して会ったのは初めてだった。人当たりが良くて広く好かれているその人は、まあまあ敵を作りやすい性格の私に、「すごく誰かに嫌われるってことは、その分誰かにすごく好かれているから、大丈夫だよ」って言ってくれた。なんでかわからないけれどすごく心強かった。中学生日記かって。女子会のエピソードトークにもならない。やっぱりその人とは一生付き合うことはないんだろう。相手の中の私が、綺麗な思い出のまま遠ざかりたいと思った。

人生のやりたいことを全部やりきっておばあちゃんになってから、良い思い出だけを取り出して数えて幸せな気持ちで死ぬために、思い出を集めて生きている。思い出したくない記憶を増やして腐らせるくらいだったら、綺麗な感情のまま冷凍保存しておきたい。

だからこないだ何人かで適当に飲んだ時、良い感じだったのに告白しないまま日本に残してきた女の子に会いたすぎて頭を抱えている男の子がいて、印象的だった。深夜なのとお酒が入ってるのと留学中で頑張らなきゃいけない時なのと、色々重なっていたんだと思う。恋、と書いたら、そのあと書けなくなった。みたいな。文学小説のワンシーンみたいだった。男の子は、本気で好きな女の子にはかわいいって言えないらしい。めっちゃ思ってるから言えないらしい。なんだそれ。後悔しないように、うまくいって欲しいと思った。ありきたりな言葉しか出てこなくて、そのまま言ったら嘘くさくなりそうで言えなかったけど。好きって伝えたいって、その先のもっと楽しくて幸せな日々を想像できるから思えるんだよね。私は、好きだと自覚もしたくないし、まして伝えたくもない。言えなかったけど良い日々だったなあっていう思い出にするのが私には一番幸せな気がする。

 

 

ドイツ旅行

父が日本からヨーロッパに旅行に来ました。行き先は、かねてから父が行きたがっていたドイツへ。

1日目 父フランクフルト到着。

2日目 ミュンヘンへ移動、ミュンヘン市内観光

3日目 ノイシュヴァンシュタイン城

4日目 ミュンヘン市内観光、ドイツ博物館

5日目 ダッハウ、フランクフルトへ移動

6日目 ハイデルベルグへ日帰り観光

7日目 フランクフルト市内観光、帰国

良い旅でした。美味しいドイツ料理をたっぷり堪能しました。ビール、りんご酒、コーヒー、ヴルスト、いろんな肉料理など。父も楽しんでくれていれば嬉しいと思います。

母からスーツケース1個分の日本食をもらいました。これを持って移動するのはちょっとしんどかったけど、母の愛情をずっしりと感じました。盛岡冷麺が入っていて感動しました。寒いから多分痛んでない。早く食べたい。カレーのレトルトとかコシヒカリも嬉しかった。それと、ゆず酒と梅酒も入っていたんです。お湯割にして飲みます。ふふ。ありがとう。

行き当たりばったりにしては良い旅ができたと思います。

宿泊費は2人1泊で平均70ユーロ。フランクフルトで見本市が開催される週はホテル代があほみたいに高騰するので要注意です。

移動はGerman Rail PassのTwinを利用し、2人で5日間ドイツ国内鉄道乗り放題で350ユーロ。直前になればなるほど鉄道代は高くなります。事前にきちきちっと計画を立てるのが苦手なので、乗り放題は心理的にめっちゃ楽。天気に応じてプランの変更ができるのも良い。

大都市って案外することないです。大きな駅のある都市を拠点にして、周辺の小都市に日帰り旅行にするのが良いと思います。

観光の見所

ノイシュヴァンシュタイン城

ポストカードみたいな景色は期待してはいけません。特に冬。晴れればそれは美しいのだと思いますが、冬場は曇るととても残念な風景。でも空いていて、予約なしでも当日チケットはすぐに手に入りました。内部の見学は、ディズニーランドを彷彿とさせました。精神世界の表現に重きが置かれていて、孤独な王様の理想を具現化させた観賞用のお城。外観も内部もとても美しいです。

ダッハウ

ダッハウ強制収容所に行きました。ナチスが非人道的殺戮を繰り返した死の工場跡に置かれた資料館です。ポーランドにもアウシュヴィッツ強制収容所がありますが、ダッハウ強制収容所もドイツではもっとも古く大規模な強制収容所らしいです。

門にあしらわれた文字は、”Arbeit marche frei” (労働により自由が手に入る)。建前上は職業訓練のための教育施設だったと言います。とても悲しく重い歴史です。まだ70年しか経っていないことに改めて驚きました。沢山の写真が残されていて心が苦しくなりました。ナチスを宣伝する当時のポスターや、収容所で生活する人々の写真、残虐な人体実験の写真や、毒ガス室や遺体焼却所の見学もできます。ボロボロの本や木片から彫ったチェスや自分たちを励ます歌が展示してあり、収容された人々の生活を生々しく感じました。

・ハイデルベルグ

古城がとにかく良かったです。実際に使われた歴史のある古城とあって、堅牢で実践的な造りをしています。崩れた塔を植物が覆い、かつて起きた戦いから経た悠久の時を思わせます。強者どもが夢の跡。素敵!
中にあるドイツ薬事博物館の展示も素敵でした。例えるならば、ディズニーのアトラクションの待ち時間の通り道にある世界観。一部屋ずつ世界が作り込まれていて、展示がとてもおしゃれでした。ミュージアムショップも充実していて、だいぶ買い物をしてしまいました。本物の押し花をあしらった便箋と、1600年代に描かれた植物のスケッチをもとにしたポストカードブックを買いました。ハイデルベルグ城のチケットに薬事博物館の入場券も含まれているので、行ってみることをお勧めします!

メンヘラって何さ

わたしが好きなものは、「メンヘラ女子が好きそう」に分類されるらしい。

大森靖子クズの本懐クリープハイプ、山戸結希監督の映画など。

わたしは自分のことをメンヘラだと思ったことはない。でも陰鬱さを儚く美しく描いている世界観がなんだかすごく琴線に触れる。自分が根暗なのは自覚していて、こういう根暗に寄り添う作品があるから、なんとか社会生活を営むことができている。

何に病むんだろうって考えたら、結局東京タラレバ娘案件で、生きるのが下手すぎた失敗ばかり。「わたしのこと好き?」って聞けたらよかったのかな。みたいな。

メンヘラって何さ。

誰だって辛いし、って言われてもそうじゃないんだよ。わたしの憂鬱をわかってほしいなんて思ってない。

例えば、大森靖子が好きだって大声で言えない。でもわたしには、大森靖子が描く過激な世界観がいつも響いてる。わたしの神様。たいていドン引きされるから、好きだってなかなか人に言えないけど。特に男の子には絶対言えない。

そうやって押し付けられる女の子像にうんざりしてる。きらきらゆるふわのピュア子ちゃんでいつも居られるわけない。だからアイドルは、いつも死角なしで全力で理想の女の子を演じ続けていて本当にすごい。いつも可愛くていつも笑顔、アイドルはプロの女の子。

大森靖子はアイドルの対極にある表現者なんだと思う。多分女の子特有の死ぬほどめんどくさい矛盾だらけの感情を歌ってくれている。メンヘラだと思われないためにいつも隠している憂鬱を、大森靖子の音楽が溶かしてくれる。

憂鬱は人に見せるものじゃないから、好きな人にも友達にも家族にも見せてはいけない。素直な子が好きって間に受けちゃダメだよ、あれは素で性格が良い子が好きって意味だから。めんどくさい感情はしまっておいて、素で性格が良いを演出しなければ。演じているうちにいつか本物になるかもしれないし。

私は美術部だったんですが、油絵を描く時に下地という工程がありました。写実的な色を載せる前に、自由なイメージで表現したい色をキャンバスに塗りたくるんです。生き生きした子供の髪の毛を真っ赤に塗ったり、夕暮れ時の海を黄色と白で埋めたり、紅葉が反射する道を桃色にしたり。後で写実的な色を重ねるのですが、顧問いわく、下地の色はなんとなくずっと生きていて、じわじわ効果を発揮するらしい。私はこの工程が一番好きだった。

食べたものが自分の身体になるみたいに、触れた言葉が自分の精神になる。本を読んだり、音楽を聴いたり、誰かと話したり、普段触れている言葉がそのまま自分を形作る。本当は過激な色でも、写実的な絵の具で隠しておけばいいんだと思います。その方が深みが出て良い色になる。そういえば橋本マナミが何かのコラムで、失恋の数だけ色気が出る、と言っていて、とても良い言葉だと思った。

何が好きとかどこが好きとかどうして好きとかうまく説明できないんだけど。

大森靖子さんの有名は、私の孤独のために光っています。

人の育ちをバカにするな

 

私は子供のころお姫様になりたかった。生まれてから死ぬまで綺麗なものしか知らなくて、周りの全ての人に愛されている。何もしなくても誰かが助けてくれる。何もしなくても白馬の王子様が迎えに来てくれる。お姫様になりたかった。

思春期を通り過ぎて、私はお姫様ではないし、なろうと思ってもなれるものでもないと当たり前に現実を知りました。

それでも、他の人にどう映るかわからないけれど、わたしはとても恵まれた家庭に育ったと思います。故郷はそれなりに広々としていて、見たいときに海が見られる。何代も前から受け継がれた土地に住んでいる。喧嘩がないわけではないけれど、大切な家族がいる。両親は自分自身への贅沢には一切お金を使わず、使えるお金を全て教育に注いでくれた。大学に通うために東京で暮らすお金を用意してくれた。とても愛情をかけて育ててくれた。たくさん感謝している。自慢できるものではないにしても、愛があるんです。家族にも、故郷にも、生まれ育ちにも。だから余計なこと言わないでほしい。

もう少し大人になると、世の中にはお姫様がいるとを知ります。現代のお姫様。港区に生まれ育ち、私立小学校に通い、帰国子女で、何かの家元とか大企業役員の子女とか。家族で老舗高級ホテルでお食事したりするのも日常だから、SNSにあげるような庶民たらしいことはもちろんしません。富を自慢することもありません。底抜けに人が良くて、他人を疑わないし、文句も言わない。綺麗なものだけで構成されている人生に、育ちの良さを感じる。周りの人からたくさん愛されている。やっぱり私はお姫様にはなれない、とまたも現実を突きつけられて惨めな気持ちになったことがあります。

「〇〇は治安悪そう」

「〇〇には何もないよね」

「成人式荒れてそう」

うるっさいな!!!何も知らないくせに!!

こんな記事を書いたのも、故郷をバカにするような発言を受けて悲しい気持ちになったからです。その場では笑っていたけれど、心は泣きそうだった。知ってるよ、だから何?泣きそうだった。どうしてこんなに傷ついているのかなと考えていたら、自分の中にくすぶっていたコンプレックスを見つけました。相手にはそこまでの意図はなかったと思うけれど、蓋をしていた傷口に塩を塗られたような気持ちになった。コンプレックスがあったから過敏に反応してしまった。こんな気持ちになったことがあるなんてそんな恩知らずなことを両親には絶対に言えないから、ブログに書いて昇華しようと思いました。それと、私は人の生まれや故郷に何か言うことは絶対にしないと心に決めました。

自分ではどうすることもできないこと。誰しも自分の理想と現実の差に葛藤する時期がある。だから相手の故郷や育ちに言及するのはとても失礼だと私は思っています。相手の触れられたくない領域に土足で踏み入る粗暴さを感じるんです。

世の中99%の女の子はお姫様じゃないけれど、お姫様じゃないねって人から言われるとめっちゃ腹が立ちます。蝶よ花よと扱ってほしい。それができないなら黙っててほしい。私は誰かの生まれ育ちを褒める人もけなす人も苦手。そこを評価基準にしていることが気持ち悪い。

元をたどればみんなサル、血統書つきのサルをせいぜいありがたがってろ!

って何かの漫画のセリフです。

でも悔しいので、日本帰ったら就職までの暇な時間、マナー講座に通いたいなと思っています。振る舞いだけなら努力すればお姫様になれるかもしれないから。妬み嫉みももたず、なるべく綺麗なものに触れて、なるべく綺麗な感情だけで生きられるように、素敵な女性になりたい。